![]() |
翻訳 by 竹内磨世
砲塔の継ぎ目プロテクター
タミヤかイタレリの後期生産型タイガーを組み立てる際、砲塔の一部を囲む車体上部分に狭いリングがある。タミヤの場合は車体上部分のプレートに麹られてるが、イタレリのは別々になっている。
この輪は浅い穴があるが、両キットの穴は間違った場所にある。本物のタイガーを見れば六つの穴がリングに開いてあり、キットにあるものよりはるかに深い穴である。場所は下記の図のとおりです。

何故このリングがあり、このとおりの穴が開いていたのか?
1943年初めの頃軍隊から弾片が砲塔の下側に嵌まってしまいやすく砲塔が動かなくなると苦情が来た。10mmくらいの幅のギャップが砲塔の端と車体上部分の間にあったからだ。
この問題を解決するため機甲リングを車体上部分につけ、ギャップを防護するためにできた。エンジンのハッチに近いせいで車体上部分のカバーは360度のものは作れなかった。

下ごしらえのデザインができ、リングは80mmの幅に60mmの深さ、内側の半径は1200mmのものだった。上記のプロフィールの図ではこのリングがどのようにはめられたかの様子が分かります。図はドイツのオリジナルデザイン(3月23日1943年)のものに基づいています。
しかし、車体上部分が弱まる恐れがあったので、当時なにも実行されなかった。
一年後、やっとリングのデザインは完成され作成されてるタイガーに追加された。その図面は1944年5月1日日付だ。Turret Manual によるとドイツ名はTurmfugenschutzである。

この頃はタイガーの砲塔も前部の半径が10mm大きくなっていたのでリングも同じく広げられた。重すぎるようにならないようにリングの深さは以前の半分の30mmに減らされた。巨弾を防ぐため外側は斜面になった。タイガーに実際に取り組まれたリングのプロフィールは上記の図面のとおりです。
リングは三つ同様のパーツで作成された。どれも95度カバーしていた。両端は車体のデック・プレートの後方から20mm離れていた。上部分にリングを合体するために穴があけられ、さら穴にボルトが入れられナットで車体の屋根の内側に付けられた。ソ-ミュアのタイガーの中にあるナットが一つ見れます(Hullページの4番目の写真)。
これらのボルトは頭部が円すい形で外側の表面(リングの上部)とぴったりになるよう作られた。遠くからは簡単に見つけられなかったので、1・35のスケール・モデルには表現すべきないだろう。
しかし、ボルト穴はすべて使われてないものもあり、このページの上部で書いた六つの穴が残ります。車内の構造の関係でちゃんちゃんとボルトを使えなかったからです。製作上リングの分はどれもまったく同じにしたかったがボルトは同じ穴に入れられなかったのである。

なのでリングの各部分に七つボルト穴を作ることになった(上記の模型参照)。そのうち五つしか使われなかった。どの穴を使用するかは部分が前か左右どちらかにしかれたかによって違った。
上記の図面はボルトの場所と使われてない穴と何故後者の穴が使えなかったが表示されてる。車体上部分には八つさらボルトが弾薬用ラックを支えていた。これらの的確なポジションはデザイン図面から判明している。
リングについてはドイツのオリジナルな絵が一つ残っている。その絵の一部は「DW to Tiger 1」という本の148pに写されてある。この絵によればリングの構造は三つまったく同じのものから作られてる(パーツ・ナンバーも同じ)だと書いてあり、プラス15ナッツにさらボルトである。

上記の図面にはリングの一部を表示している。緑のテキストはドイツの図からであり、青色のは実際に計って得たデータなので数ミリくらいずれてるかもしれません。
このソフトの模型は後期形タイガーの車体上部分のプレートのものだた、砲塔の接続フランジも含む。全21ボルト穴と15ボルトも見れます。表面より1mm低い体位にボルトが沈められてます。このとおり注意しなければなかなか見えません。ただし使われてないボルト穴は直径22mmずつであり、はっきりと見えるのでスケールモデルにも再現すべきです。
参考書目
[1] ジャン・シャルル・ブレックによるソミュールにある戦車の調査
[2] ジャン・シャルル・ブレックによるヴィムーティエにある戦車の調査
[3] DWからタイガー1まで
| インデックスへ戻る
戻る
Tiger1.info
|
Copyright © David Byrden 1998-2007 .
Translation copyright © 竹内磨世
Mail me at: ![]()